げに、かの場末の縁日の夜の 活動写真の小屋の中に、 青臭きアセチレン瓦斯の漂へる中に、 鋭くも響きわたりし 秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。

ひょろろろと鳴りて消ゆれば、 あたり忽ち暗くなりて、 薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。

やがて、また、ひょろろと鳴れば、 声嗄れし説明者こそ、 西洋の幽霊の如き手つきして、 くどくどと何事を語り出でけれ。 我はただ涙ぐまれき。

されど、そは、三年も前の記憶なり。 はてしなき議論の後の疲れたる心を抱き、 同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、 ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、 ゆくりなく、がの呼子の笛が思ひ出されたり。

――ひょろろろと、 また、ひょろろろと―― 我は、ふと、涙ぐまれぬ。 げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、 今も猶昔のごとし。

『石川啄木詩集』