キネチックアートの制作

高橋士郎 1987多摩美術大学研究紀要

機械というと、産業や工業の物であって、美術とは無縁のものであると思われているのは、産業革命以降に、機械が力仕事や実用的な効率だけを追求して開発されてきたからである。

むしろ、機械は古い時代から、からくりやマジックのような心理的で審美的なかかわり合いのなかで発展してきた表現手段であった。
ギリシャ時代のヘロンの流体機構、中世修道院の時計、ダビンチの舞台機構、バーカンソの自動人形、竹田からくり人形、ブガッティの自動車は審美的要素と技術的要素が一体の時代の造形といえる。

芸術の分野で最初に動く作品を発表し、キネティックアートの先駆者となったのは1920年代、ガボ、タトリン、デユシャン、モーリナギ、ナンレイなどの構成主義やダダイズムの作家達である。かれらの作品は蓄音機のモーターで回転する円盤や、風で動くモビール、光と音と運動を演出するカラーオルガンのような機械であった。

しかしキネティックアートの分野が芸術家達に認められ受け入れられるようになったのは、構成主義の影響を受けた次世代の作家達が1950年代に活躍し、1960年以降ヨーロッパ各地の美術館においてキネティックアート展が開催され、来館者が実際の動く彫刻に接してからのことである。

ヨーロッパにおけるキネティックアートの成功が一段落した1970年にロンドンのヘイワード画廊で開催された「キネティックス展」のカタログに掲載されている67名のアーチストの作品は次ぎの様であり、60年代に発表されたキネティックアート作品の傾向を一覧することができる。

1)光学機材を利用した作品

ネオン管 3点
投影装置 3点
蛍光灯 1点
CRT 1点
ハーフミラー 1点
レンズ 2点
偏光板 2点
プリズム 1点
鏡 1点
振動する鏡 1点
多数凹凸面鏡 2点
回転する鏡 1点
変形する鏡 1点
歪む鏡 1点
光混合 1点
光感知器 1点
空中放電 1点

2)剛体機構を利用した作品

回転体 6点
回転円板 6点
自在継手のモビール 3点
転がり運動 2点
リンク機構 2点
振子運動 1点
二重振子 1点
クランク  1点

3)流体を利用した作品

泡 1点
水流 1点
着色パラフィン 1点
空気膜 1点
粒粉運動 1点
鉄粉 1点

4)可塑剤を利用した作品

シリコンゴム 1点
ゴム紐 1点
発条 1点

5)磁力を利用した作品

磁石 3点

一方アメリカにおいては、美術館における発表形式や、構成主義やダダイズムの既存芸術の流儀に囚われることなく、芸術と科学技術を直接融合しようとする試みが盛んで、キネチックアートは20世紀の科学技術の進歩を誇示する象徴的な役割をはたした。EAT。
日本においても、1970年の大阪万国博覧会が開催される前年に国際サイテックアート「エレクトロマジカ展」が国内外の作品を集めて開催され、多くの観客やマスコミの関心を集めた。

1970年以降になるとマイクロコンピュータが発売されて、さまざまなコンピュータアートの試みが起こる。パーソナルコンピュータの普及もその一つといえる。( 別稿の「絵画の方程式」を参照)

1980年代に日本国内で活動したアールジュニのグループは、コンピュータアート、ビデオアート、レーザーアート、ホログラフィーアート、キンrチックアート、エレクトロミュージック、オプティカルアート、ライトアート、ロボティックアート、マルチプロジェクションからなる10のジャンルにより組織された。

高橋士郎の立体機構シリーズ

動くことがキネチックアートの本質であり、作品に表現力をあたえる秀でた特徴である反面、動くとにより部品は消耗して作品の寿命を迎える欠点でもある。
現代技術の粋を集めた量産自動車でさえ頻繁な定期点検と修理が義務つけられていることからも分かるように、メンテナンスをいっさい必要としない機械の設計は困難なことである。この点は生物の寿命と似ている。
堅牢で保存しやすいタブロー絵画やブロンズ彫刻などの静止作品と比較すると、キネティックアートの寿命は短く、保存性の悪い厄介な作品といえる。

キネティックアートが、フランス絵画やイタリア彫刻が持っている耐久性と永続性を求めるならば、遺伝子のようなプログラムソフトや図面などによる再現性を進めることとなる。

このようなキネティックアートの問題点から、作者は次ぎのシリーズとして、消える彫刻へと進むこととなる。

高橋士郎の空気膜造形シリーズ

高橋士郎の電脳制御シリーズ